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生産者紹介 盛高鍛冶刃物

生産者紹介
盛高鍛冶刃物

  • 表の見方 
  • 1所在地
  • 2名前
  • 3店舗名
  • 4職業
  • 5おすすめ商品
  • 6生年月日
  • 7星座
  • 8座右の銘

盛高鍛冶刃物をブックマーク
  • 熊本県
  • 盛高経猛さん
  • 盛高鍛冶刃物
  • 鍛冶屋
  • 三徳薄刃包丁
  • 1945/03/15
  • うお座
  • 努力

私のこだわり

・大量生産の包丁にはない、驚くべき鋭い切れ味の秘密は?

日本刀の工法、そして最高の切れ味・品質を求めるために、あえて利器材と呼ばれる出来合いの複合材を一切使用せず、鋼の地鉄への鍛接から行っていることですね。
「鋼の割り込み鍛接」という工法は、日本刀の最大の特徴です。
非常に硬い鋼を、粘りがある柔らかい軟鉄(地鉄)に割り込むことにより、切れ味が鋭く丈夫な刃物を作る、日本独自の刃物製造技術なんですね。
この製造技術には、炉の温度や刃物が、最適になる状態を一瞬で「目利き」し、その瞬間を逃さない技が必要です。一瞬を見逃して、ちょっと温度を上げすぎると、鋼はたちまちボロボロにくずれてしまいます。特に青紙スーパーは、職人泣かせの鋼です(笑)。利器材を使用すれば、簡単だし、製造量を現在の数倍に上げることは可能でしょうが、切れ味・品質には満足出来ません。鋼と地鉄の鍛接は、非常に難しく困難な作業となりますが、鋼の性能を最大限引き出すべく、自家鍛接にこだわっています。

・自家鍛接を行える職人は数少ないと聞きましたが、それを可能にする背景は?

700年間、26代にわたり、代々受け継がれてきた刀鍛冶の伝統と技術ですね。
鎌倉時代に、太宰府で修験道者の刀を鍛えたことにはじまり、それから七百年間にわたって、刀匠 金剛兵衛源盛高として、代々、刃物を作り続けてきました。
困難な作業である自家鍛接へのこだわりは、刀鍛冶としての700年の伝統と高度な技術を受け継ぐものの意地でもあります。

・メッセージはありますか?

「鍛冶屋の包丁」を、是非お試し頂きたいですね。
代々、使い手の要望に応える刃物を作り続ける鍛冶屋が作る、次世代まで使える包丁です。自信を持っておすすめします。

生産者の横顔

鎌倉時代から700年間、26代にわたり受け継がれてきた刀鍛冶の技

盛高さんの刀鍛冶としての系譜は、なんと鎌倉時代(!)までさかのぼります。
初代の金剛兵衛源盛高さんは、鎌倉時代の永仁の頃(1293年頃)、筑前(福岡県)にいて、太宰府、宝満山の僧門で修験道者の刀を鍛えていました。
この刀匠の系譜は筑前で13代を数え、江戸時代の寛永の頃(1632年頃)、肥後(熊本県)の大名、細川三斎公に従い、現在の八代市の妙見宮の修験道者の刀鍛冶として、この地でさらに13代を重ねます。
現在の「刀匠 金剛兵衛源盛高」である盛高経猛さんは、26代目にあたり、鎌倉時代からの700年の伝統を今に受け継いでいるのです。

幕末期に定められた家訓とは?

そんな盛高一門が忠実に守る、幕末に定められた家訓があるそうです。それは・・・
「5代前の忠左衛門盛高が、幕末期に『刀工で生計を立てるべからず』という家訓を定めたんですね。それからはこれを忠実に守り、現在は、本職用注文手打鍛冶刃物を始め、家庭、園芸、農山林用等の一般刃物の製造を正業としています。」 (盛高さん)

「刃物は消耗品ではなく、生き物」・・・使い手の友として長く愛用出来る刃物作り

金剛兵衛源盛高(こんごうひょうえみなもともりたか)さんというお名前を聞くと、武蔵房弁慶のような方なのではないかと思ってしまいますが、実際にお話しする盛高さんは、とても気さくな21世紀の刀匠、といった感じの方です。現在は、盛高刃物は 「手打刃物」として熊本県の伝統工芸品にも指定されています。

そんな盛高さんの仕事場では、長男経博さん、次男照博さんの2人の後継者とともに、日々、鋼を叩く音と炉の熱の中、ものすごい速さで、熟練の職人作業が行われています。鎌倉時代から続くこの光景の中から、驚くべき切れ味を持つ刃物が生み出され続けてきたのです。

「刃物は消耗品ではなく、生き物ですから。愛情をもって使えば、刃物は応えてくれますよ」
と話すその言葉には、使い手の友として長く愛用出来る刃物を、妥協なく作り続けている刀匠の誇りと意地がこめられています。

この生産者の商品一覧

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